坊っちゃん|夏目漱石|感想・あらすじー裏を読めない主人公が、まっすぐ駆け抜ける痛快劇
無鉄砲な新米教師が、四国の中学校で大暴れする物語です。📖
100年以上前に書かれた小説ですが、文章のテンポは驚くほど軽快です。
漱石といえば、重く暗い作家というイメージがある人も多いかもしれません。
でも読み終えて残ったのは、不思議なほどの爽やかさでした。
手軽に漱石を一冊読んでみたい人に、ぜひ。🐤
作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 坊っちゃん |
| 著者名 | 夏目漱石 |
| 刊行年 | 1906年 |
| ジャンル | 近代日本文学(古典) |
※当ブログはAmazonアソシエイト・プログラムに参加しています。
※Kindleアプリなら無料で読めます。
一行本棚|作品メーター
※主観で書いています。大きいほど濃厚な読書体験となります。
- 長さ【2】 短い★★☆☆☆長い
- 読みやすさ【3】 単純★★★☆☆複雑
- 重さ【2】 軽い★★☆☆☆重い
- 余韻【3】 アッサリ★★★☆☆コッテリ
おすすめのタイミング
重たい本の合間に、気分を切り替えたいとき。漱石を読んでみたいけれど、どれから手をつけるか迷っているとき。スカッと一冊読み切りたいときにも。
長さ・読みやすさ・重さ・余韻で、あなたの気分に合った一冊を探せます。↓

『坊っちゃん』はどんな話?(ネタバレなし)
物語は「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」という一文から始まります。
主人公の「おれ」は、東京育ちの真っ直ぐな青年。学校を出てすぐ、四国の中学校に数学教師として赴任します。
着任早々、職員たちに次々とあだ名をつけていきます。校長は狸、教頭は赤シャツ、同僚の数学教師は山嵐。
天ぷら蕎麦を四杯食べれば、翌朝の黒板に「天麩羅先生」と書かれる。小さな町のドタバタが、べらんめえ調の語りで次々と転がっていきます。
明治の文章なので、古い言葉もところどころに出てきます。それでも語りのリズムが心地よく、気づけばページが進んでいました。
主な登場人物(あだ名と本名)
| あだ名 | 本名 | どんな人物か |
|---|---|---|
| おれ(坊っちゃん) | 不明 | 東京育ちの新任数学教師。語り手。嘘と卑怯が何より嫌い |
| ― | 清 | 「おれ」の家に長く仕えた老女中。誰よりも「おれ」を信じている |
| 山嵐 | 堀田 | 同僚の数学主任。粗暴に見えて、筋の通った男 |
| 赤シャツ | 不明 | 教頭。いつも赤いシャツを着て、優しい声で話す |
| 野だいこ | 吉川 | 画学の教師。赤シャツの太鼓持ち |
| うらなり | 古賀 | 英語の教師。おとなしく、人が好すぎる |
| 狸 | 不明 | 校長。もったいぶった話し方をする |
| マドンナ | 遠山の令嬢 | うらなりの婚約者。町いちばんの美人 |
まだ読んでいない方は、ネタバレの前に一行の本棚で気になる本を探してみてください。↓

ここから本格レビュー(ネタバレあり)
⚠️ 以下はネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
あらすじ(結末まで)
「おれ」は生徒のいたずらに手を焼きながら、職員室の人間関係に巻き込まれていきます。
物腰は柔らかいのに、何を考えているのかわからない教頭の赤シャツ。ぶっきらぼうだけれど、生徒からの人望は一番の山嵐。「おれ」はこの二人のあいだで、誰を信じればいいのか揺れ続けます。
やがて、英語教師うらなりの婚約者「マドンナ」を、赤シャツが横取りしようとしていることがわかります。うらなりは、体よく遠くの学校へ転任させられてしまいました。
赤シャツの本性に気づいた「おれ」は、山嵐と手を組みます。ところが、生徒同士の喧嘩に巻き込まれた一件をきっかけに、山嵐だけが辞職に追い込まれてしまいます。
粘り強く機会を待った二人は、ついに赤シャツと腰巾着の野だいこの懲らしめに成功します。そして「おれ」も辞表を出し、山嵐とともに町を去りました。
東京に戻った「おれ」は、街鉄の技手として働きながら、昔から自分をかわいがってくれた老女中・清と暮らします。しかしその清も、やがて肺炎で亡くなってしまうのでした。
感想①:主人公が「裏を読めない」から、読んでいてハラハラする
この主人公は、良くも悪くも、人の裏を読むことができません。
釣りの帰り道、「おれ」は赤シャツから遠回しに吹き込まれます。親切そうに見える人間ほど油断できない、と。名前は出していないのに、「おれ」はそれを山嵐のことだと思い込みます。
そして、最初に山嵐におごってもらった氷水の代金、一銭五厘を突き返してしまうのです。
かと思えば、赤シャツに昇給の話を持ちかけられると、一度はあっさり承知する。それがうらなりを追い出した分のお金だと知って、慌てて断りに行く。
物語の中では、愚直な主人公として描かれています。でも、言われたことをそのまま信じて、少し良いことがあれば考えが変わる。これは誰にでも覚えがあることだと思います。正直に言えば、私にもあります。
しかもこの物語は、最初から最後まで「おれ」の目線で語られます。読者も、彼の外側に出ることはできません。
山嵐と赤シャツ、どちらを信じればいいのか。読みながら、私まで疑心暗鬼になっていました。
突き返された一銭五厘は、そのまま山嵐の机の上でほこりをかぶり、二人の間の壁になります。やがて誤解が解けたとき、「おれ」は黙ってそれを財布にしまう。小さな場面ですが、この本でいちばん好きなところです。
感想②:逆襲は成功、でもこれは勝ちなのか
粘り強く耐えた「おれ」と山嵐は、赤シャツの懲らしめに成功します。
ただ冷静に見れば、赤シャツは学校に残り、東京に戻った「おれ」の月給は教師時代より下がります。勝ったようで、負けているとも読めるでしょう。
でも私は、勝ち負けで読む話ではないと思いました。
山嵐に味方したかったから、味方した。辞めたかったから、辞めて清のもとへ帰った。ただ、それだけです。
理屈で詰め寄られても、最後は自分の好き嫌いで決める。起きたことを、その時そのままに受け止めて、振り返らない。
無鉄砲だけれど、後悔のない生き方の物語だと思います。
感想③:ラストの一文で、物語の見え方が変わる
正直に言うと、物語の起伏は大きくありません。同じテンポの語りが続くので、中盤は少し単調に感じたところもありました。
どう盛り上げて締めくくるのだろうと思っていたら、テンポを変えないまま職場を去り、物語はすっと幕を閉じます。
ただ、その終わり方が、不思議と心地よいのです。
「おれ」は物語の中で、何かあるたびに清のことを思い出しています。その清の死を、最後の最後に、さらりと置いていく。
「だから清の墓は小日向の養源寺にある」
悲しい場面のはずなのに、鳥肌と同時に、すがすがしさがありました。
読み終えてから気づいたのですが、この物語はすべて、清が亡くなったあとに語られています。振り返らない男が、一度だけ振り返った話。そう考えると、最後の一文の重みが少し変わって見えました。
まとめ:漱石の入口にちょうどいい一冊
テンポの良さと、言葉の心地よさ。そして、読後に残る不思議な爽やかさ。
100年以上読み継がれてきた理由が、少しわかった気がします。
漱石の入口に、ちょうどいい一冊です。📘🐤
くすりと笑える、短い近代日本文学なら。↓
📌 鼻|芥川龍之介
真っ直ぐなのに周りと噛み合わない主人公つながりで、もっと乾いた一冊。↓
📌 異邦人|カミュ


