アクロイド殺し|感想・あらすじ|ミステリ史の問題作
ミステリの女王、アガサ・クリスティ。その代表作のひとつが、1926年に発表された『アクロイド殺し』です。
新しいミステリを読んでいて、ふと「あれ、この感じ、どこかで見たような……」と思ったこと、ありませんか。もしあるなら、その感覚はこの一冊につながっているかもしれません。
発表当時、ある仕掛けをめぐって賛否の大論争を巻き起こした問題作。それでいて、100年近く経った今もミステリ史の必読書として読み継がれています。
何も知らずに、気持ちよく騙されてみたい人に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。🐤📖
作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd) |
| 著者名 | アガサ・クリスティ |
| 刊行年 | 1926年(ポアロ・シリーズ3作目) |
| ジャンル | 古典ミステリ(本格推理) |
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一行本棚|作品メーター
※主観で書いています。大きいほど濃厚な読書体験となります。
- 長さ【3】 短い★★★☆☆長い
- 読みやすさ【3】 単純★★★☆☆複雑
- 重さ【2】 軽い★★☆☆☆重い
- 余韻【4】 アッサリ★★★★☆コッテリ
おすすめのタイミング
これからミステリにハマってみたいとき。有名なあの仕掛けを自分の目で確かめたいとき。気持ちよく騙されたいとき。
100年前の古典、でも大丈夫。むしろ全員があやしい
海外の、しかも100年前の古典と聞くと、身構えてしまうかもしれません。でも大丈夫でした。
舞台はイギリスの小さな村。語り手は村のお医者さんで、その手記を読み進める形で物語は進みます。古めかしさよりも、村のうわさ話を覗き見るような親しみやすさが先に立ちました。
そして、登場人物がそれぞれの事情で何かを隠している。だから、怪しく見えない人物が一人もいないのです。なんなら、名探偵ポワロすら怪しく見えてくる(笑)。
この「全員あやしい」状態に放り込まれる感覚こそ、クリスティの真骨頂だと思いました。
ここから本格レビュー(ネタバレあり)
⚠️ 以下はネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
舞台は、イギリスの小さなキングズ・アボット村。
裕福な未亡人フェラーズ夫人が、睡眠薬の過剰摂取で急死します。彼女と再婚間近と噂されていた村の名士ロジャー・アクロイドは、語り手である「わたし」=シェパード医師に、ある秘密を打ち明けます。夫人は何者かに脅迫されていたらしい、と。
ところがその夜、アクロイドは書斎で刺殺されてしまいます。手がかりとなるはずの手紙も消えていました。
折しも村へ引っ越してきたばかりの、引退した名探偵エルキュール・ポワロ。アクロイドの姪フローラに請われ、シェパード医師を助手役にして、ポワロが捜査に乗り出します。
主な登場人物
| 人物 | どんな人か |
|---|---|
| シェパード医師(わたし) | 語り手。村の医者で、ポワロの隣人。捜査の助手(ワトソン役)を務めます。 |
| エルキュール・ポワロ | 引退して村に越してきた名探偵。趣味はカボチャ栽培。フローラに請われ捜査に乗り出します。 |
| ロジャー・アクロイド | 村の富豪。物語の被害者です。 |
| キャロライン | シェパード医師の姉。うわさ好きで情報通。実は、のちのミス・マープルの原型なのだとか。 |
| フローラ | アクロイドの姪。ポワロに調査を依頼します。 |
「問題作」と呼ばれた理由、その犯人とは
真相に触れます。
犯人は、語り手であるシェパード医師その人でした。
つまり読者は、犯人自身が書いた手記を、ずっと読まされていたわけです。医師は「嘘は書かなかった」と作中で弁明します。実際その通りで、嘘は書いていない。ただ、自分が手を下した決定的な瞬間だけを、わざと曖昧にぼかして書いていたのです。
私も犯人候補としては彼を考えてはいました。でも、医師の一人称があまりに自然で誠実に見えたので、つい優先度を下げてしまったのです。ワトソン役という信頼できる進行役のポジションに、まんまと油断させられました。
種を明かされてから振り返ると、手がかりはちゃんとフェアに置かれていました。アンフェアな後出しではなく、「フェアな目くらまし」だったのです。
ずるいのか、それともしてやられたなのか
この仕掛け、発表当時は大論争を呼びました。いわゆる「フェア・アンフェア論争」です。
「作者が読者を欺くなんて反則だ」とするアンフェア派の代表が、ヴァン・ダイン。一方で「必要な手がかりは全部出ている、全員を疑うのが読者の仕事だ」とクリスティを全面擁護したのが、ドロシー・セイヤーズでした。さらに同じ年、クリスティ自身の失踪事件まで重なって、本作は一気に話題の中心になります。
おそらく、何の免疫もない当時の読者がこれを最初に食らったら、「ずるい!」と叫んだと思います(笑)。実際、“問題作”という触れ込みで世に広まりました。
でも、私の結論は「納得」でした。
ずるいと言われるかもしれません。それでも、嘘はついていない。手がかりは置かれていた。だったら、まんまと騙された私の負け。この潔い“してやられた感”こそ、ミステリを読む醍醐味だと思うのです。
当てにいかない、という楽しみ方
私の推理力が低いのもありますが笑、クリスティの犯人は当てられる気がしません。気合いを入れて当てにいくと、どうしても疲れてしまう。だから、ふんわり予想だけして、あとは小説として気持ちよく騙されにいく。
そういう「勝ちにいかない読み方」がいちばん似合う作家だと、思っています。そして本作は、その楽しみ方を教えてくれる、最高の入り口でした。
「こんなトリック、どこかで見た気がする」――もしあなたがそう感じたことのある読書好きなら、なおさら一度は出会っておいてほしい一冊です。
犯人当てに勝ちたい人より、見事に騙されてニヤリとしたい人に。
この感覚が日本でどう受け継がれたのかは、『十角館の殺人』でぜひ。
同じポワロものなら、こちらも組み立ての美しい一冊です。
そして、日本のファン投票で本作の上をいくクリスティの最高傑作も外せません。
一度は通っておきたい一冊でした📘🐤


